「Miracle of the Fishes」のkubosakuのブログです。 こちらは緩く気楽に行きたいと思います。
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原城跡 (南島原市(旧・南有馬町)
 先の記事、島原城に引き続き訪問した原城跡。ブログ的にはだいぶ間が空いてしまいましたが(汗)、せっかく印象的なところに訪れたので記しておきます。島原にやってきたのは、島原城よりも原城に来ることの方が主目的だったもので。

 原城は有馬氏の統治時代に使用されていたお城。有馬晴信はキリシタン大名として有名ですが、徳川の時代、大阪夏の陣の後になって島原を治めたのが、夏の陣の功で大和五条から移った松倉重政。しかし松倉氏の親子2代にわたる圧政、特に石高に見合わないほど壮麗な島原城を築城したことで領民からの搾取が激しかったこと、およびキリシタン弾圧により、有名な「島原の乱」が起こりました。島原の乱において、ここ原城に立て籠もった一揆軍が3万7千人、そのほとんどが戦死・刑死となったわけです。原城は松倉氏の時代において廃城となって石垣はだいぶ島原城に運ばれていたのですが、元が広大で天然の要害であったため、一揆軍がこれを城塞として利用しました。島原の乱では島原半島南部の農民はほぼ100%参加しその殆どが死んでしまったわけで、乱後は人っ子一人いない地域となってしまったとか。その後は移民を募り、特に天領だった小豆島からの移民が多かったそうですが、全国各地から人が移り住み、今の島原南部の地域のご先祖になっているということです。島原の乱、もちろん知ってはいたけれども、これほど凄惨なものだったのかと、驚くばかりです。小中学生の歴史の時間では、島原の乱が1637年とか天草四郎とかそんなことを覚えさせるのみならず、3万7千人の一揆が全員玉砕するとはどういうことか、もうちょっと真剣に、どれほど凄惨なことが起こったのか、きちんと伝わるようにすべきなんじゃないかなぁなんて。

 さて、今の原城跡は、天守閣の部分のみが史跡として残されていますが、それ以外はほとんど農地、一部は宅地だったり、温泉施設になったり、という状況です。かつて何万もの人が血を流した城址も、普通に人が暮らす、どこにでもある静かな田舎になっています。しかし、そんな農地に妙な起伏があったり、くずれた石垣の跡が残っていたりと、広大な城塞であった名残があります。

 こちらは籠城時掘ったという空堀のようなところ。このように、ビニールヒモで十字架がかたどられていました。

 天守跡。島原城へ持って行かれなかった、残りの石が無造作に転がっております。左上の方に、白い柱のようなものが遠目に見えるかもしれませんが、それが2つ下の写真の十字架となります。

 天守跡にある天草四郎の像。当時で16歳ほどだったそうですが、勝手に色白細面のイケメンという印象が植え付けられているところ、この像は桃太郎、もしくはそのへんの腕白ボウズのよう。


 白い十字架が夏の青空に映えます。ただ白い十字架があっても人は何とも思わないだろうけど、ここが何万ものキリシタン農民が戦死した場所だと思うと、この美しさが涙を誘います。


 天守は一番海に近い、崖の上にあります。海にむかって、このように小さな聖人像が立っています。


 天守から見える農地。ひまわりやトウモロコシ、サトウキビ?と思われるものが多くて、その他細々といろんな野菜が植わっていましたが、このへんも全てかつての城域でした。


 ちょっと下りた海岸から見た天守跡。


 ここは単に城址として残っているだけで、全く観光地化していませんが、私が居る間にも10名ほどの方が出入りしていました。城域(といっても、車じゃないと天守まで移動できない距離)に温泉もあるからそれとセットでいらしているのかもしれませんが、このような場所のわりには訪れる方はそこそこいらっしゃるようです。

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

【2009/08/15 14:03】 | 城郭巡り | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
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